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PROJECT STORY 2微小部X線分析装置 XGT-9000
HORIBAの原点となる「はかる技術」
文化財の非破壊分析から電子部品の不良解析、異物分析まで1台で
青山 朋樹

堀場製作所
科学・半導体事業戦略室

青山 朋樹

Tomoki Aoyama

上野 楠夫

堀場製作所
科学・半導体開発部

上野 楠夫

Kusuo Ueno

髙田有貴

堀場製作所
科学・半導体開発部

髙田 有貴

Yuki Takata

小野田 麻由

堀場テクノサービス
分析技術本部

小野田 麻由

Mayu Onoda

Prologue優れた技術が、市場を創造する

 自動車計測事業、環境・プロセス事業、医用事業、半導体事業、そして科学事業――。HORIBAの分析・計測技術は5つの事業分野でグローバルに展開している。そのなかでも科学事業は、創業の原点であり多岐にわたり社会の課題解決に貢献している。
 HORIBAが誇る基礎技術の一つ「X線分析」は、1950年代から検出器の開発が始まった。主にX線集光素子(X-ray Guide Tube)でX線を細く絞って集める独自の技術に磨きをかけてきた。1994年には微細領域の元素分析を可能にするX線分析顕微鏡「XGT-2000」の製品化に成功し、研究・開発用途だけでなく偽造パスポートの摘発にも活用されるなど画期的な製品となった。
 XGTは、X線の光源や検出器、試料を観察するためのステージなどのハードウエアと、元素の定性・定量分析や画像処理のソフトウエアで構成する計測システム。微小な異物・元素分析と高精度測定、解像度の高い顕微鏡観察を可能にするなどの進化を遂げ、電子デバイス、食品、薬品、生体、バイオ試料、鉱物資源、古美術、新素材、複合材料といった幅広い分野の研究開発や品質管理に貢献する機能を備えている。そして「XGT-2000」の製品化から四半世紀を迎えようとしていた2018年秋、新たなX線分析顕微鏡が誕生した。世界最高クラスの分解能を持つ独自のX線技術を応用した高強度の微小ビームと高解像度の顕微鏡を兼ね備え、数十ミクロンの高精度な分析・測定が1台で完結する「XGT-9000」である。
 この新製品を開発するプロジェクトメンバーは、約2年半の間、様々な課題に挑戦し新たな知見を得る日々を過ごした。

Scene01技術志向からのモノづくりではなく、ユーザー側に立って開発を

 満を持した、10年ぶりのXGTシリーズ――。「単にモデルチェンジというより、お客様のニーズを反映するという使命感が強かった」事業戦略部門の青山朋樹は語る。
 「XGTは様々な試料の元素分布を分析すると同時に、顕微鏡として光学観察できるのも特徴です。電子基板など凹凸がある試料でも観察画像をもっと鮮明にという声がありました」と語るのは、開発部門の上野楠夫だ。例えば、電気・電子部品メーカーの品質管理部門では、電子基板に不具合が生じた時、故障箇所にどんな元素があるかに注目している。最終的な解析レポートには鮮明な画像を必要とされている。HORIBAの多彩な製品群をデモンストレーションする「はかるLAB」(アプリケーションセンター)で、日々お客様に接する小野田麻由も、使い手目線に立つ機能強化の必要性を感じていた。「測定時間を短くしたい、測定中に解析まで終え、待ち時間を減らせたらもっと嬉しい。そんな要望に応える新製品開発につなげたいと、青山さんや上野さんにお客様の要望をフィードバックしてきました」。
 高度な技術志向からのモノづくりではなく、使い手目線に立って実現していく。青山と上野はそのおもいを共有し、開発の可否検討から、技術的な原理検証と市場性の評価、さらに開発プロセスや生産・品質管理の検証を重ね、社内から正式に製品開発のゴーサインが出た。そのさなか、HORIBAを代表して南極観測隊に参加した経験がある青山は、極地で抱いた一つの誓いを思い出していた。
 「南極観測に携わる調査研究者は、誰もが得たデータをとても大切にしていた。その姿を見て、HORIBAの技術でもっと力になりたい、と改めて心に誓ったんですよ」。そのおもいは、ともに歩みを進める上野にも伝わっていた。

Scene02「この技術ならあの人」と呼ばれる存在がいる

 本格始動したプロジェクトは、XGTの旧モデルの特長を活かしながら新規技術を盛り込むことに時間を要した。特に苦労したのが、光学画像を鮮明にすることと、分析ボックスを真空化する時、観察に必要な部品の形状変化が起きないようにすることだ。1気圧(1,013hPa)差があると1㎝四方あたり1㎏、20cm四方なら400㎏もの圧力がかかる。機能性のための薄さと真空での寸法変化を抑えるための形状に試作、評価を重ねた。時にはある課題に気がつかないまま試作し、評価してすぐあきらめざるを得ないこともあった。また、解像度を高めようとカメラの焦点距離を合わせやすくする可動式フォーカスの工夫にも苦心した。
 自分たちでどう解決するか考え、それでもうまくいかない時、上野は旧モデルの開発メンバーである先輩エンジニアを訪ね歩いた。どんな失敗をして、どう乗り越えたかをヒアリングして得た「失敗の知見」を解決のヒントに変えていった。「いまある最終形という一つの正解の背後にあった無数の失敗を教えてもらえるのは、本当にありがたいし、おもしろかったですね。正直、その時は解を探すのに必死でしたけど」。さらに、10年経っても必要な要素技術には共通点が多いと感じ、先人の知恵と今の開発メンバーのアイデアを融合させ開発を進めた。
 士気が高まるプロジェクトチームに、途中から参画したのが入社3年目の髙田有貴だ。RoHS指令(電気・電子機器への特定有害物質の使用制限)対応機能のスクリーニング分析の簡便化を担当し、新しい光学素子の設計と評価に挑んだ。「わからないことだらけのスタートでしたが、光学素子の評価値が狙い通りにうまくいった時は、思わず上野さんとガッツポーズで『よし!』と。任せてもらえたからこそ、自分が手掛けたのだと実感できましたね」。
 ソフトウエアの開発はホリバ・ロシア社の技術者、可動フォーカスの実現は光学機器メーカーで経験を積んだエンジニアから協力を得て実現したものだ。生え抜きのメンバー、新風を吹き込む若手社員や中途入社者、海外のグループ会社の社員にも「この技術なら、あの人」と呼ばれる人が存在し、技術を融合できる。そんなHORIBAらしさを上野は強く感じていた。
 青山も、HORIBAに受け継がれる「技術の遷宮」の大切さを噛みしめていた。京都の下鴨神社が21年に一度の式年遷宮で社殿を新しく造営し、建築技術を継承し技術者を育成してきたことを、製品開発の技術継承になぞらえ社内に浸透している言葉だ。それは「未来への責任」と言い換えることもできるだろう。
 「旧モデルの開発エンジニアから、新たな挑戦を始めたエンジニアが技術を受け継ぎ、新しい知見も築いていく。まさに、そんな理想的なプロジェクトでした」。

Scene03お客様の声に真摯に向き合い10年売れるモデルに

 2018年秋に「XGT-9000」は発売を開始した。青山と上野はXGTシリーズのお客様を訪ねて製品評価テストを実施し、アジア最大級のJASIS(最先端科学・分析システム&ソリューション展)にも出展。営業だけでなく事業戦略や開発も一体となってPRを展開した。
 「開発者が前へ出よう。そう言って、開発者自らがお客様の現場、製品が使われる最前線へ出向いていくのが、HORIBAの開発ポリシー」と青山。上野も笑顔で「良い評価も不満も、生の声を聞くことで製品をより良くしていけます。発売後もお客様の声に真摯に向き合えば、10年売れるモデルになる。先輩エンジニアにそう言ってもらえたことも、印象深いですね」と語る。
 ユーザー目線の声を開発に届けてきた小野田も、「はかるLAB」を訪れるお客様から「画像がとても鮮明だ」「分析、早くなったね」と高評価を得て、期待に応えられたことを実感している。また、2019年開催のICOM(国際博物館会議)京都大会では、XGTシリーズの実機を持ち込み、デモンストレーションを実施。美術品・文化財分野でも絵画素材の分析や時代考証、補修方法の選定などに貢献できることを発信した。
 「大切なサンプルを破壊しないで分析できるなら、絵画や貴重品を測定してみたい、という方が想像以上に多いですね。もともと工業用の装置を、絵画や美術品の分析にも使うことができて『そんなことができるんだ!』と。XGTの魅力が伝わって嬉しいです。これからがとても楽しみです」。
 開発プロジェクトはさらに2つの成果を生み出した。一つは、操作ソフトウエアの設計を大幅に見直したことにより、さらなるお客様目線のカスタマイズを可能にしたことだ。もう一つは、プロジェクトメンバーのスキルが向上したこと。「得意なところだけ任せると視野が狭くなり、それしかできなくなります。得手を任せて苦手なところはフォローして、と。個々の成長と全体バランスの最適化に葛藤もありましたが、何とかやり遂げることができました」(上野)。
 いま、青山のまなざしは海外へと熱く注がれている。フランスとアメリカ、日本にある科学事業の3つの開発拠点や、海外の「はかるLAB」を巻き込んで、グローバルなHORIBAグループの連携を深めていこうとしている。「地域ごとに異なる市場のニーズを満たし、新たな開発テーマにも挑戦していきます。めざしているのは、XGTが世界標準になることです」

Epilogueおもしろおかしく、これからも挑戦を

 HORIBAの分析・計測技術はこれからどんな目標や未来像を描き出していくのか。社是「おもしろおかしく」への自分なりのおもいを込めて、それぞれの挑戦が始まっている。
 「おもしろおかしく。それはいつも、新しいものを創り出すということ」。そう語る青山は、HORIBAグループ全体の様々な要素技術を活かし、企業ブランドを高める製品を生み出していくことを楽しみにしている。「まず自分が一生懸命おもしろがれることをやって、周りを巻き込み、みんなも楽しんでおもしろくやってもらうこと」。社是をそう解釈する上野は、海外拠点の技術者と互いの技術を融合し、AIやIoTなどの技術トレンドを取り入れ、これまでにない解(役立つ機能)を導き出す未来を描く。
 「自分なりに考えて行動したことを、しっかりと認めてもらい嬉しいと感じる。そんなシンプルな思考と行動ができるのが、おもしろおかしくかな」と語るのは髙田だ。営業担当者と一緒にお客様を訪問した時に、電子顕微鏡がXGTのライバルだと知って以来、それを超えるスペックの新製品を開発する決意を固めている。「原理上、達成することが難しい分析にも悩みながらも挑戦して達成できた時、振り返ってみて意外とおもしろおかしかったな、と実感できます」と語る小野田にとって、これからの夢は、未開拓の分野にもX線の活用シーンを広げていくことだ。
 さらに小野田は、こう語る。「みんなで一生懸命つくり上げたXGTも実は、まだ発展途上だと思います。というのは、優れた分析装置と分析手法が一体となって初めて、よい分析ができるからです。お客様が希望する分析を私たちが一緒になって考え、分析手法を構築していきます」。
 開発者にとって製品化はゴールではなく、その使い方や活用シーンが無限に増え、新たな挑戦がはじまる出発点だ。

※掲載内容、所属等については取材時のものになります