私の「舞台」
お客様に常に寄り添う
サービスを。
Y・M
2005年入社
情報技術学科- 堀場テクノサービス グローバル戦略本部 サービス戦略部
職種/サービスエンジニア
キャリア/サービスエンジニアとして自動車関連企業を担当の後、堀場製作所の新製品開発プロジェクトに参画しホリバ・ヨーロッパ社(ドイツ)でサービスエンジニアも経験。現在は国内外の戦略企画を担う。
お客様に常に寄り添う
サービスを。
Y・M
2005年入社ブルーのユニフォームの背中に、大きな「HORIBA」の文字――。現場で堀場テクノサービスのサービスエンジニアをお客様がすぐに見つけられ、声をかけやすいようにユニフォームは目立つようにしています。訪問時もユニフォームの下にネクタイを締め、営業が製品を販売した後もお客様とつながっていられる「サービス(接客)+エンジニア(技術)」の両面を担っています。
お客様に一番近い存在が堀場テクノサービスであると考えています。お客様が困っている際にはいつでもすぐに駆けつけ、また、現場の課題に対しては、メーカーのグループ会社ならではの提案を出すようにしています。自動車関連企業のお客様に、海外製品のオートメーションシステムを日本で初めて導入いただいた時は、製品の能力を最大限に使用するため、お客様の環境に合わせるために一緒に考えました。技術力や提案力とともに、実はこの「ともに、同じ現場でやり遂げた」感動や達成感の共有がお客様との深い絆となっています。
「困った時、絶対に助けてくれるからな。Yさんなら。」そうやって、徐々に社名ではなく名前で呼んでもらえる関係になり、初めて「認めてもらえた」と実感し、大きな自信になりました。
現場のサービス対応がうまくいかないこともありました。修理が必要で、部品さえあればダウンタイムをなくせるのに…と。お客様が装置を使えないことを心苦しく思っていましたが、他エンジニアも思いは同じで全社的に改善しようといった動きになり、一人ではないと感じました。また、現場での経験は私にとって大きな財産ですし、同じように悩んでいるサービスエンジニアに経験から得た知識を共有するたけで、現場での解決につながることも多いのではないかと思いました。そういったことから全国のサービスエンジニアのナレッジを共有できるシステムを構築し、後輩へ受け継いでいけたらと企画しています。ドイツに6年間駐在した時、サービスの定義が違うことに戸惑いましたが、それもグローバルサービスの改善に活かしています。海外グループ会社のサービスマネージャーが一堂に会するInternational Service Meetingでは、国や製品、事業領域が違うとサービスを行う範囲も変わることを知りました。一つの解へと導くのは大変難しい。でも、共通することも必ずあり、現場で役立つナレッジの共有やITツールの改善などできることから始めようと思っています。修理する時も「その場の処置」だけで終わらずに、同じトラブルが起きない状態や不具合が未然に防げる使い方などを見極め、その対策をグローバルに展開し、世界中のお客様が安心して製品を扱えるようにしていきたいと思います。
年に数回、海外出張もありますが、国内を含めてもっともっと現場に行きたいと思っています。
私は人と接するのが好きで、昔はスポーツインストラクターになりたいと思っていました。でも、ITや情報化時代の流れにも惹かれて、自分なりに葛藤しましたが、見つけた答えは身体を動かすサービスと、学んだ技術を活かすエンジニアが融合した、サービスエンジニアでした。入社試験や面接で、人の温かみを感じたこともよく覚えていますし、まだ縁がなかったグローバルという響きにも興味が湧き堀場テクノサービスに決めました。
趣味や特技を問われたら、いつも「スポーツ三昧」と答えています。小学生で始めたバレーボールはいまも続けていて、ドイツ駐在時はドイツのクラブチームに入り、バレーボールやビーチバレーも楽しんでいました。また、鹿児島出身ですが焼酎ではなく、海外でもブームになった日本酒にはまっています。